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ゆきどけ

立秋の暦と共に、蝉の亡骸を見るようになったのは、
わたしが立秋の文字に夏の終わりを意識したから?

今住んでいる土地には、独身時代からよく通っていた。
祖父の眠る霊園がすぐ近くにあるのだけれど、
その霊園を通り抜けた先に、少し大きな公園がある。

その日の蝉時雨は煩くて、手持ちのiphoneの中には重奏できるような曲がなかった。
纏わりつく湿度を払うものは日傘だけで、
不快指数なんて考えたくないくらいだったけれど、
ひとりで小さな声をあげて笑ってしまった。

真夏の平日午後にわざわざ自殺行為的に外出していたこと、
やっと夏を味わえると思ったその日が立秋であったこと、
木のトンネルに突撃したら体感温度が下がりまくったこと、
公園の広場にはだれもいなかったこと、そんな理由で。

その広場の奥の奥にある木陰に身を寄せて、
勇ましい蟻から荷物を守りながら本を読んだ。
けれど、蟻も気になるし蚊に刺されるし、
元職場の元上司から電話かかってくるし、
お茶はすぐになくなっちゃうし、ちっとも捗らなかった。

帰りは行き道とルートを変えた。
霊園の敷地内のアスファルト舗装された道路を逸れて、
どこに降りつくかもわからない階段を降りた。
降りてる間は梢よりも蝉がうるさくて、下り階段はほとんど日陰。
よくわからない鳥居を潜ったら、住宅街の隅っこ。
抜けてから気づいたけれど、たぶん、前にも通ったことがある。
もう何年前だろう。4年か、5年か。

*

やっとここまでこれた。

*




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2014年08月08日 | Comments(0) | Trackback(0) | 日々の出来事
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