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選び取ること諦めること

※進むにつれ話がヘビーになるので注意。
子どもが欲しい人は見ない方がいい。

身の程を知る。
聞こえは悪いかもしれないけれど、
とても、大切なことだと思っている。
全てを手に入れるのは出来ないんだなと、気づかされた。
やっと、ようやく。
そんな心地。
悲観するでもなく、落胆もせず、
薄々感づいていたネガティブな感情をそっと肯定して、
安心している自分がいる。

今までは漠然と、
理想と現実派地続きになっていたような気がしていたけど、
実際は理想というよりも、幻想や妄想の類だったのかもしれない。
だから実際は地続きにならないし、
増してや実を結ぶことなんてまずない。
何に対して、というわけではなく、
割と難に対してでも、わたしはそうだと思う。

世間でいうところの、
願いや希望や夢と呼ばれるものを掴もうとしていたけれど、

やめてみた。

そのなかの一体どれだけの物事が、
本当にわたしのものなのかと考えると、
手元に残ったのは本当に些細なものだった。

わたしは生存願望も自殺願望もないし、
家族計画を夢見ることもなければ、
社会で自己実現をしたいとも思っていない。
物欲なんて多分同世代の半分くらいだし、
睡眠時間が多い分可処分時間が少ないから、
そもそも成し遂げられることの数が少ない。

だから、わたしに残っているのは本当に些細なもの。

でも現実、その些細なことさえ叶えられない自分がいる。
ああ、随分と無意識で残念なところまで来てしまった。
というのが、正直な感想。
世間的には真っ当できちんとしていて妥当なんだろうけど、
わたしの人生において肝心な、わたくしごとに対して、
わたしはあまりにも不誠実過ぎた。

と、いうことで。

夫に大賛成されたのも後押しして、
仕事を辞めて家庭に入ることにした。

一番大きな理由は、まともに生活が出来てないから。
お金があっても使う暇がないのは、豊かな生活と言える?
わたしの中で大切なことは、自分の手で食事を作ること。
日常的にそれが難しい生活は、
わたしにしてみれば意味がない。時間の無駄。

ここまでそれなりに(金銭面で)苦労してきて、
お金がないことのやるせなさは、
嫌ってくらい実感してきた。
だから歯を食いしばって頑張ってきたってのもあった。

でも、じゃあいま、わたしの手ナシで喰っていけない?
っていうとそうではなく、
夫の給料だけできちんと生活できる。
じゃあわたしの今も続く苦労はなんで生じたかっていうと、
わたしの親がお金を持ってなかったからなんだよね。

今のところの結論としては、
わたしが産まなければ誰も不幸にならないし、
このまま夫と二人ならうまくやっていける。
わたしも豊かに生きている実感を得られるし、夫も喜んでる。

18の頃から息つく暇もないくらい、
忙しくしていたけれど、
立ち止まる時間ができるみたい。

ほっとしてる。
そういうことになったから、
夏以降はここ含め、色々作ったりできるのかな。

*

何が欲しいとか、成し遂げたいとか、
そういうんじゃなくて、
毎日をもう少し省みてのんびり過ごしたいなぁ。
ってのが、現時点での願い。
野望なんて大それたものはないよ。

※ちなみに、もし子どもを授かることがあったら、
生命なんて産む側のエゴイズムの塊であることを重々承知で、
産んでごめんと贖罪しながら、
それでも絶望に呑まれず生きていけるように、
ありとあらゆるわたしたちの財産を犠牲にする、
血反吐も厭わない心持ちでやっていく位の覚悟はあります。
2014年03月05日 | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
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