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受け止める才能

恋愛には、
凡庸に愛する才能と、
その愛を受け止める才能があると思う。

わたしは多分愛するほうが得意で、
今まで、好きなものや愛するものへの想いを、
臆することなく語ってきた。

好きになった人に対して嫌われたらどうしよう?
とは思わなくて、
好きになった人には、
好きになった人が望む形で、
幸せを掴んでほしいと思っている。

他人から趣味を否定されたらどうしよう?
とも思っていなくて、
誰が嫌いでも、奇異の目で見られても、
わたしはわたしの価値観でいろんなものが好きなので、
聴かれたら素直にそれが好きと答える。

でも、変な話なんだけど、
わたしが恋人に片思いをしていた頃、
(恐ろしいことに5年くらい前、)
それはそれは楽しかったのだけれど、
結末は両思いじゃなくてもよかった。

彼が幸せなら、なんでもよかった。
それを愛と呼ぶかは判らないけれど、
心の底から、そう思っていたし、
今でもそう思っている。
大切な人には幸せで居てほしい。

思っていながら、わたしは欲張りだから、
当時はなんだかんだ落とす作戦に出ていた(笑)。
でもそれは、わたしに勇気があったわけじゃなく。
ただ単に、わたしと居てくれる時間が、
楽しくて実りあるものであってほしかった。

そういう、何かに賭す力に、
わたしは秀でていると思う。
活発な割に感情を諌めるのは得意なので、
自惚れこみで、他人を見ていても思う。
物凄く、秀でている。

もっとも、わたしとしては、
何かを与えるというよりは、
溢れたものを落としていく感覚なのだけど。

このことに関しては、
唯一無二ともいえる無邪気さを発揮できてる。
多分、恋人に対しては見返りという概念がない。

*

対して、恋人は、受け止めるほうが得意で、
当時死にそうになっていたわたしの心身や、
言葉にして溢れていた厚意のかたまりたちを、
いつも受け止めていた。

わたしからすれば、
使い物にならない身体と、
行き場のない落し物を、
受け止めてくれる(拾ってくれる?w)
人が居るだけで充分すぎるくらい。

一方彼はわたしから受け取った気持ちを、
何かの形で返してあげたいと、
必死に考えていたらしい。

わたしにはない才能の数々に、
わたしはいつも焦がれていたのに、
彼はそんなことを思っていたらしい。

日ごろから機関銃のようなわたしの話を聴き、
基本、わたしの行きたいところに連れ回し、
買い物の荷物持ちにつき合わされ。
酷い時は一日中家に篭り、抱き枕にされ、
わたしはそんな感じなのに、
彼はそれでも、そういうことを思うらしい。

正直、伝わってくれてよかった。
捻じ曲がっているわけじゃないけれど、
わたしはだいぶエネルギッシュだから、
この表現に疲れる人もいるのは知ってた。

わたしが動なら、彼は静。
多くの人はどちらかに分類できるだろうし、
巧拙があるし、相性もある。
どちらも愛情で才能だと思う。

わたしは愛することに長けていて、
それは自慢できる。
でも、受け止めるのが下手だから、
正面から受け止められる人は凄いなって思うよ。

お返事は、考え中。



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2013年05月14日 | Comments(0) | Trackback(0) | 恋愛のこと
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